つぶやき

某所で神託をしています。

『認識』という難所

私が長年追い求め続けてきたものの答えと、

『魔』と呼ばれるものの正体をようやく理解する事が出来たのですが。

と同時に、己が普段いかに凄い事をやってのけてるのかを悟った私。

『知る』が宇宙に存在している全てのものの『原点』なのは解ってたけど…………

そのせいで、それらの言語化に頭を悩ませる事になりました。(^_^;)

 

 

 

先月の一ヶ月間は『依存』がモロにテーマだった月で、

新店では特に来る方来る方「イヤそれ依存だから(汗)」と

ツッコミたくなるようなお客様がことごとく見えられたため

手をかえ品をかえやんわりと諭してはきたのですが

もう自己肯定感を上げる講座をやってかないと厳しい所まで来たのだという事を、

イヤというほど痛感。

やったところで全員の自己肯定感が上がるというわけでもない事は解ってるんですけど

何もやらないよりかはやった方がいいという結論に到達しました。

 

 

 

そんなで待機中、自己肯定感を上げる講座の内容を煮詰めていたのですが

以前スナフという同業が言い放った

「この世は弱肉強食ですからね(ーー;)」という一言には

いつまで経っても違和感しかなかった私、

「イヤその理論は何の根拠もないけど絶対に違うと思う」とそれを思い出し

自分の中にある違和感を払拭すべく徹底的に調べていた所、

なんとそこから長年追い求め続けてきた事の答えに辿り着いたというわけでして。

 

 

 

私、小学生の頃から実に沢山の人達から

「強いね」と「弱いね」の両方を言われ続けてきたんですけど

 

 

 

『強い』って何だ

どいつもこいつも強いとか弱いとか

好き勝手な事散々言いやがって

で、結局どっちなんだよ

強かったら何?

弱かったら何?

だったら何なの??

 

 

 

…………という経緯から

『強さとは何か』をずっと追い求めてたんですよ。

でもその答えは、

 

 

 

スナフの発言に疑問を覚えた時点で既に出てたんだけど『そこ』には結びつかず、

昨年コロナにかかった時出ていたにも関わらず『そこ』には繋がらなかった私(汗)、

今回ようやくそれらを繋ぎ合わせる事が出来たのでありました。(;)

 

 

 

 

 

適応力(適応する力)=強さ

 

 

 

 

 

生物界においては弱肉強食ではなく適者生存。

力が強いだけでもダメ、メンタルが強いだけでもダメ。

例えその二つが強くても、環境に適応出来なければ生き残る事は出来ない。

適応力とは、言いかえると『変化する力』であり柔軟性。

環境に合わせる力が無ければ、生き物はあっさり死ぬ または淘汰されるのだ。

この事に気付いた時、素戔嗚さんがおもむろに口を開いた。

 

 

 

 

 

素「ようやくココに行き着いたか。コロナにかかった時、いい所までいってたのにな(笑)

変化しようとするかしないかは個々の自由だが

変化する事が出来なければいつか絶滅するだけ。

………今のお前なら、この意味が解るな?」

 

 

 

私「……………それで『今』『この状態』なのかよ……………

自己肯定感が低いと各種依存症になるわけだけど、

依存症ってのは環境に適応する力が弱い故に発症する、って事なんだよね?

みんな言葉が違うだけで、『適応障害』で一纏めに出来るって事か

要はコロナと一緒で『症状の出方』が違うだけ。

 

 

 

……だから素戔嗚さんは、普段からあたしの事を

『お前は強いんだぞ』って言ってたのか……納得。

単なる親バカ発言だと思ってたから信じてなかったんだけどホントだったわ(-_-;)

『仮面を持たない』ってのも、そういう事なんだね

依存症の人ってのは『変化する力』が弱いんだ。」

 

 

 

素「そう。『必要に応じて何にでもなれる』ヤツが一番強いんだよ。

………オマエ、肩書き上は占い師だが

実際はコイツら(武将さん方)も認めてるほど『何でも屋』だろーが。(笑)

以前オマエが『母さんからは毎日のように

あたしだけが何の取り柄も無いって言われてた』って泣いた時も、オレ言ったよな?

『逆に考えろ。"何も取り柄がない"って事は"何にでもなれる"って事だろが』ってさ。

ただ、何にでもなれる事は解ってても必要とされなければ

お前はどれも『やらない』という事を『選択した』。」

 

 

 

私「当たり前じゃん。あたしがやれる事は限られてんだから

全部やってちゃ身が持たないし、他の人が居る意味がなくなっちゃうでしょが。」

 

 

 

素「そうだな。『持ちつ持たれつ』の意味が無くなっちまう。

ではココでおさらいだ。『依存の正体』とは?」

 

 

 

私「『不要な』固定観念………………………

呪いとか暗示とか思い込みとか決まり(規則)とか

ルール、法などと『も』呼ばれているもの。

………『結合』のエネルギー、『呪縛』のエネルギー………

 

 

 

素「ではその、『結合のエネルギー』をもう少し掘り下げると?」

 

 

 

私「『性質』とか『癖』…………?」

 

 

 

素「そうだな。だが、ちぃとばかし違う。

その『性質』とか『癖』は、『何で決まる』?」

 

 

 

私「………!あ、なるほど……………『命令』ね?」

 

 

 

素「そう。ではその『命令』の『形』は?」

 

 

 

私「あたしは二種類しか知らない。

『電気信号』と『振動』だよね?………似てるようで大きく違うんだけど

『回路』がある分、どーやったって『電気信号』の方が有利なのか……

……………ザックリ言うなら『思考のエネルギー』は『電気信号』で、

素戔嗚さん達の『言葉』は『高い振動数を持つもの』。

………潜在意識とか魂とか呼ばれるものも部類的には『高い振動数を持つもの』。

そうか………依存症の人ってのは、そもそも

『その人が望まない方向で潜在意識が使われてる』のか…………

 

 

 

素「そういう事。ただそれも、電気だけでは使えないし振動だけでも使えない。

……………コレと似たような話、どっかで聞いた事ない?(笑)」

 

 

 

私「あーー、何かそれつい最近どっかでも見たんだけど忘れちゃった(汗)

だけど普段から素戔嗚さんが言ってる事だよね?

『目に見えるものは、目に見えないものから作られる。

目に見えないものは、目に見えるものから作られる。』

と同じ。どちらか単体だけでは成り立たなくて、

その両方を使わないと意味をなさな……………

……………………………………………………

 

 

 

あーーー!そういう事かぁ!!!

あたし達が居る『対』の世界では、そもそもが

相反するものの両方を使わないと上手く機能しないように出来てるんだ!!

……………………て事はだよ?『その対象』の

『メリットとデメリット』の『両方』を受け入れないと

『その対象が持つ愛(エネルギー)』は習得も出来なければ

使いこなす事も出来ない、結果『物事が上手くいかない』から

結局、物事を望み通りに進めたいなら

あたし達人間は『相反するものを両方とも受け入れる』しかない、って事か

 

 

 

素「オマエそれ解ってただろ(; ̄Д)

 

 

 

私「うん、解ってたよ?解ってたけど

ココまでしっかりは理解してなかったかも(汗)

うはあ…………なら、依存症の人が『仮面を脱ぎ捨てる事もままならない』っていうのは

単純に魂のエネルギーを『電気信号を伝達させるだけのエネルギー』

としてしか『認識』してなくて、それを魂にも伝えてる(命令してる)から

『魂はエネルギー(振動回数)が低下してる=殆ど機能していない』って事ね……………

…………人の『想念』、恐るべし…………。」

 

 

 

素「あとな。『原理』に触れたついでだから

お前ら人間の言う『魔』についてもおさらいしておくが。

『魔』の正体とは『何』か、答えよ。」

 

 

 

私「………!??それ、依存症と関係あるの??」

 

 

 

素「うん。大いに関係してるから言ってんだけど。(笑)」

 

 

 

私「………?『魔』が依存症と『大いに関係してる』………………………………………

………………………………………………

『魔』とは、人が生み出すもの。

人間にしか無い概念で、他の存在にその概念は無い。

何かを『魔』と判定する・もしくは『聖』と判定した瞬間に『生じるもの』だから、

基本的には善悪の概念を挟まない

あたしやちさま(親友です)に呪いの類いは一切効かない。

そもそも『魔』を生み出す人っていうのはガッツリ他人軸な人だから

あたしはともかく、ちさまにゃ呪いは絶対に効かないよね。」

 

 

 

井「………………………………………

………………………………………(汗)」

 

 

 

素「…………………っははは!!(笑)うん、で?」

 

 

 

私「!??えーっと……………

…………………………………………………

あーーー解った!!『魔』を別の呼称で呼ぶなら

嫉妬とか妬みとか恨みとか、『歪んだ捉え方』から生み出される

エネルギーの総称になるんだ!!

………て事は『正義』とか『正しい』とか『清い』とか『憧れ』とか『崇拝』とか、

世間一般的には『善』のイメージがあるものですら『魔』にしかならないし

それを創り出す事でも『魔』が生まれるのか

要は『こうでなければならない』『こうするべき』『当たり前』とかっていう

固定観念自体が既に『魔』でしかないって事ね?」

 

 

 

素「では、『魔』が『生み出される』のは『外』か『内』か。」

 

 

 

私「『内』!!……………あれ待てよ、て事は……………

 

 

 

素「(ニヤリ)『出来るか出来ないか』と『やるかやらないか』の違いは?」

 

 

 

私「『出来るか出来ないか』は他人軸。『やるかやらないか』は自分軸。」

 

 

 

素「では『その』、『できる』『やれる。』の正体は?」

 

 

 

私「…………………………………………………

申し訳ないけど、タダの自己暗示であり固定観念の素となるもの。

『魔』の『法』とはよく言ったもんだねぇ

自分に『拒絶の魔法』を延々とかけてる事にはみな気付かないんだ………

何でここまで『出来る・出来ない』でしか物を見れないのかなぁ。

そこを軸にしてちゃ結局『何も出来なくなる』のにさ。

だって、初めてやる事は全部『(その時点では)出来ない事』なわけでしょ?

 

 

 

『できる』『やれる』は『自信が無い』所から来てるのも丸解り。

ハナから自分には出来ない、と思ってんのに無理やり暗示かけて行動したって

上手くはいかないし余計に自信を失くすだけじゃんね。てか逆効果でしかない。

その根底には『失敗したくない』が鎮座してるんだけど、

それを考えてちゃ出来る事すら出来なくなっちゃうし。

『できる』も『やれる』も言い方変えるなら全部自己否定なのに、

何でこうブレーキとアクセルを同時にベタ踏みしちゃうのか(汗)」

 

 

 

素「…………なら、お前が手本になるといい。

お前の例を出せばお前との決定的な違いが解るだろうし。

さて。オマエ俺から散々無茶ぶりされてきたからもう解ってると思うけど(笑)、

お前が初めて何かを始める時は『出来るか出来ないか』と

『やるかやらないか』のどっちでモノを考える?」

 

 

 

私「『やるかやらないか』に決まってんでしょが。(; ̄Д)

これまで、誰かさんからは散々そうするように仕込まれてきたわけだし。」

 

 

 

武将チーム「……ぶははははは!!(笑)」

 

 

 

素「(笑)じゃあ、お前は『出来るか出来ないか』を考えた事はねぇのか?」

 

 

 

私「イヤそりゃ考えるよ?考えはするけど、

そんなんやる前から考えたってしょーがないじゃん。

自分に出来るのか出来ないのかは、やってみるまで解らんわけでしょー?

つーか、それはやってから考えりゃイイ話なんじゃないの?

何でそう成功にしがみつくのか、申し訳ないけどあたしにゃ理解出来ないよ。」

 

 

 

井「ぶははははは!!あき殿は中々に豪快でござるな。(笑)」人の事言えんでしょ^^;

 

 

 

康「拙者、『依存症』とやらの者は皆

『仕損じる事にのみ』焦点を当てておるように見ゆるが………

 

 

 

忠「如何にも。仕損じるを恐れていては、何も成し遂げる事は出来ぬ。」

 

 

 

武「やる前から仕損じる方に意識が向いていては、

成し遂げられる事すら成す事は出来ぬ。」

 

 

 

素「うん、そうだな。(笑)

お前が何かをやる時は、口では『出来るわけないでしょがーー!!』とか

『無茶言うなよ(汗)』とは言うものの、

意識自体は『まぁとりあえずやってみるか』とか

『あたしにゃ出来んって事を証明してやる』(笑)とか

『とりあえず頑張るけど出来んくても文句は言わんでよ?』って、

『やる方』とか『失敗を前提にした方』に意識が向いてるんだわ。

 

 

 

更に言うなら、お前の基本は失敗が前提である事を裏付ける証拠として

出来ると確信した時や実際に出来た時のお前の口癖は

『あ、イケる!』とか『あ、イケた!』とかそんなんばっかだろ(笑)

出来なかったなら出来なかったで、

『わーーやっぱり出来んかったあぁぁ!!(笑)』とか

『ンフフフフ、無理だったーー(笑)』とか

『失敗すらも楽しんでる』し。」

 

 

 

私「言う!確かに言ってる!!(ll゚д゚)

だって最初から上手くいく事なんて稀でしょ。」

 

 

 

武将チーム「我らは、あき殿が毎度『失敗しても死なんから大丈夫かな(。・_・。)ゞ』

と存じておる旨も見ておるでござる(笑)」

 

 

 

私「だってさ、マジもんの戦じゃあるまいし、

自分が死ぬわけでもないんだから

よっぽどの事は失敗しても大丈夫でしょ(汗)

むしろそんなんで尻込みしてちゃ、あたしの後ろにゃ猛者達が控えてるのに

命懸けで事を成してきた人たちに対しても自分に対しても失礼じゃん。」

 

 

 

素「お前の場合は『出来る』でも『やれる』でもなく、

『イケる』って所がポイントなんだよ。………上手い事ボカしてんなぁ(笑)

お前は基本、『確信を持ってる時にしか』『出来る』とは言わない。

そしてお前の『イケる』には『イケてる』の意味もある。この場合、

『チャレンジする姿がカッコイイ』とか

『イイね!』とか『やるじゃん(笑)』とかそんな感じなんだが。」

 

 

 

私「ぶはははは!!筒抜けだから当たり前なんだけど、バレてる!!(笑)

自分に嘘はつきたくないんだよ。

出来るかどうかも解らないものを安易に『出来る』とか言いたくはないし。

でもチャレンジする人はやっぱカッコイイから

『チャレンジする事に意義がある』っていう意味でも

その姿勢が『イケてる』って思うし

やらない言い訳しかしない人にはそのどっちも言わない事にしてる。」

 

 

 

素「依存症は『意識を向けてる所の問題』だという事が解ってる故の、その発言なんだろ?」

 

 

 

私「うんそう。引き寄せの法則が上手くいかない人のパターンと同じなのかな。

『出来る』って言った方がいい場合と『イケる』って言った方がいい場合と

『もぉーー、好きそこ諦めたらやだ!』

………って時とで使い分けてるかも(笑)」

 

 

 

素「『出来る』はプレッシャーにもなるからな。

そこら辺はお前が一番よく解ってるだろ(笑)」

 

 

 

私「……プレッシャーも『魔』といえば『魔』になるからね。」

 

 

 

井「……………詰まるところ、あき殿の『イケる!』の違いは

他の者には解せぬようになっておるのでござるか(汗)」

 

 

 

私「解る人には解るだろうけどね!

ちさまや千代女ちゃんとかなら一発で解るんじゃないのかな(笑)」

 

 

 

武「千代女はまこと智慧のあるおなごであったぞ。」

 

 

 

私「キレ者だったって事だよね。

何かそれよく解る気がする(;)

あたし思うに、さぞかし優秀だったんでしょ?」

 

 

 

武・井「如何にも。」

 

 

 

素「………千代女が本領を発揮し出すのはもう少し後かな。

お前はお前で、イイ仕事してんじゃねぇか。(笑)

お前ら二人………いや、三人かな。いい感じで化学反応起こしてるし。

九鬼もその内追いついてくるだろうから、それまではとりあえず二人で行動するといい。

 

 

 

九鬼は既に『出来る・出来ない』思考のループからは抜けてっから、

あとは『どんな状況でも楽しめる力』を伸ばすだけ。これは千代女もかな?

お前は、最初は泣きはするけど結局どんだけしんどい状況でも

『この状況は長くは続かないはず』って信じてる分立ち直りが早えぇだけかも。

オマエは『普通じゃなくてもいい』を受け入れてからの伸びが面白くてしょーがない(笑)」

 

 

 

私「『普通じゃない事を受け入れる』のはかなり長引いたし正直しんどかったけどね。

不思議と、そこ抜けてからは殆ど考えなくなったし

最近ではむしろ普通じゃない方が味があってイイ、くらいに思ってるよ。

実際、普通じゃないんだろうし(^-^;

 

 

 

………………………………………………

……………………………………………

もしかしてこの、『どんな状況でも楽しめる力』も『適応力』に入ったりする??」

 

 

 

素「当たり前だろ(; ̄Д)

しんどい状況にしっかり『適応』してんじゃねぇか(汗)

そもそも、『受け入れる』も適応なんだがな

 

 

 

私「!!!!!(゚Д゚;)

適応力=純粋な愛の力 ってこと??」

 

 

 

武将チーム「………ぶははははははは!!(爆)」解ってたけどずっと黙ってた

 

 

 

素「……………………(;)

むしろ今まで何だと思ってたんだよ。」

 

 

 

 

 

 

素戔嗚さん曰く、私の場合は我流で固定観念を純粋な愛に変えたのだそうですが

素戔嗚さんとお話が出来るようになる半年前に、

自力で大きな固定観念を昇華させたのがデカいんだと仰られてました。

(素戔嗚さんのサポートが少しはあったんだろうけど^^;

 

 

 

あまり適切な例えではないのですが

解りやすいと思うので『コーヒー牛乳』で例えてみると

純粋な愛に変えたものからは『魔』は生成されない。

『純粋な愛』を『コーヒー牛乳』、『魔』を『コーヒー』もしくは『牛乳』だったとして

一度『コーヒー牛乳』になったものからは『コーヒーだけ』も『牛乳だけ』も抽出する事は出来ない。

コーヒー牛乳はコーヒー牛乳以外の何者でもないし、

『コーヒー』でも『牛乳』でもない。

よって『魔を生成する必要がほぼ無い』。

 

 

 

世に溢れているものは、そもそも素が同じなのに

そこに何かしらのエネルギーが加わったため『呼び方』が変わっただけ。

エネルギーの種類は複数あるのですが、

単体・複数とエネルギーが加わる事で『全く違うものに見えてるだけ』だという事が

よく解るお話だったんですけど……

逆に言うなら、そこに『適応したエネルギー』を加える事が出来たなら

どの呪縛もちゃんと解けると解ってホッとしました。

 

 

 

水素と酸素が『結合』して水が出来るという原理と同じ。

そしてその水は、姿(形?)を変えながら地球上を循環しているのですが

これと同じ事が人間にも起きていて、

依存症の人や何をやっても上手くいかない、という人は

高エネルギーの循環がどこかで滞ってる(形を変えず居座ってる)事を意味するんですよ。

下の図で言うなら、土砂で川を塞いでたりとか

地下で土が水を過剰に吸うがために海へ流れる分が減ったりとかそんな感じです。

そしてその『結合のエネルギー』は『振動回数』を上げることでも

無効化する(呪縛から解き放つ)事が可能。

…………解り辛かったらすみません…………orz

 

 

 

※ネットからお借りしました。(作られた方、ありがとうございます!)